「オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る」【本・感想】

2021年6月14日

みなさんオードリー・タンさんのことはご存じですか?
最近では新型コロナウイルス(COVID-19)の台湾での封じ込めに成功した功労者の一人として、日本でも取り上げられることが多くなっています。

今回はそんなオードリー・タンさんの最新の本「オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る」についてご紹介します。

こんな人におすすめ

  • オードリー・タン(唐鳳)さんについて知りたい方
  • 台湾で新型コロナウイルスの封じ込めに成功した理由を知りたい方
  • デジタルやAIとの付き合い方を知りたい方

オードリー・タン(唐鳳)とは

オードリー・タンさんは台湾の政治家、プログラマーです。
中学校中退後19歳の時にシリコンバレーでソフトウェア会社を企業、アップルのデジタル顧問としてSiri開発のプロジェクトに関わるなどを経て、現在は台湾の行政院の閣僚の一人であるデジタル担当の政務委員を務められています。

「オードリー・タン」というのは「Autrijus Tang」という英名で、それとは別に台湾では「唐鳳(とう ほう)」という名前を名乗られています。
またトランスジェンダーでもあり、旧名は「唐 宗漢 (とう そうかん)」です。

また「保守的なアナーキスト」と評されています。

本の内容

オードリー・タンさんはもともと人とお話しするが好きで「インタビューやスピーチの内容をインターネットで公開すること」を条件に、インタビューは時間の許す限り受けるようにされています。

そんな中、最近では日本のメディアからもインタビューを受けることが多くなってきましたが、パーソナルな質問を含め同じような質問をたくさんされることが多く、少し困惑されていたそうです。
そんな中日本の出版社から本を出さないかと声がかかり、ご自身の考えをまとめるためにもこの本を書かれたそうです。

この本では「オードリー・タンさんの生い立ち」から、「新型コロナウイルスの封じ込めがなぜうまくいったのか」、「テクノロジーとの付き合い方」などオードリー・タンさんの考えが書かれています。

また本書は新型コロナウイルスの影響もあり、リモートでディスカッションしながらおよそ3か月、延べ20時間以上の取材を受けて本になったそうです。

生い立ち

オードリー・タンさんの生い立ちを簡単に書き出すと以下の通りです。

  • 幼少期:両親からクリティカルシンキングとクリエイティブシンキングを学ぶ
  • 12歳:インターネットに初めて触れ、「プロジェクト・グーテンベルク」に出会う
  • 14歳:中学校を中退、AIなど最新技術をネットで自主学習する
  • 15歳:出版社を起業
  • 19歳:アメリカのシリコンバレーでソフトウェア会社を起業
  • 33歳:ビジネスから引退し、アップルやオックスフォード出版などのデジタル顧問を務める
  • 35歳:デジタル担当の政務委員に就任

これだけ見てもかなりすごい生い立ちなのがわかりますね。

12歳のところで書いてある「プロジェクト・グーテンベルク」というのは、著作権の切れた名作を電子書籍化するというプロジェクトです。
中国語には「繁体字」と「簡体字」があって地方によって使われている字が違うのですが、当時のネットでは中国語で書かれていてもこの両方が記載されていることは少なかったそうです。
そこでオードリー・タンさんは、中国語の繁体字と簡体字を自動で変換するプログラム「Hon convent」を作成しました。
オードリー・タンさんはこの経験によってプログラムをみんなでより良くしていくことの面白さを学び、すべての始まりとなったと書かれています。

その後オードリー・タンさんはインターネットで自主学習を進め、当時興味のあったAIやAIの自然言語処理の研究を進め、その中で様々な研究者と出会いネットで対談していたそうです。
その中で学校で学べることはインターネットで学べる最先端の知識よりも10年遅れているということに気が付き、14歳で中学校を中退したそうです。

デジタル顧問となったアップルでは「クラウド・サービス・ローカリゼーション (Cloud Service Localization)」という、英語以外の言葉に製品を対応させる部署に所属されていたそうです。
退職前の最後のお仕事はSiriを上海語に対応させるということだったそうで、ここら辺はHon conventの経験が生きているんでしょうね。


途中省略してご紹介させていただきましたが、本では現在のデジタル担当の政務委員に就任するまでの生い立ちが細かく書かれていました。

コロナウイルスの封じ込め

新型コロナウイルスの封じ込めに成功したと世界中から注目されている台湾ですが、その成功にはSRASの経験を生かし、デジタルを有効活用した様々な取り組みが貢献したそうです。

SRASの経験を生かした対応

台湾では2003年にSRAS(重症急性呼吸器症候群)の被害が出た経験から、「ロックダウンは決して社会的に良い効果を生まない」という教訓と「マスクの着用は感染症の予防に効果が高い」という知見があったそうです。

また「少数の人が高度な科学知識を持っているよりも、大多数の人が基本的な知識を持っているほうが重要である」という学びからCECC(中央感染症式センター)から毎日新型コロナウイルスに対する情報が市民に提供されています。
これによって一人ひとりが正しい知識を得てイノベーションを図ることによって、社会のイノベーションにもつなげていったそうです。

マスク不足への対応

日本で発生したマスク不足の問題に関して、台湾でも同様の問題が発生したそうです。
台湾では当初マスク不足に対する対策として「コンビニやドラックストアでのマスク購入は1人3枚まで」という制限を設けました。
しかし1つのお店では大量に購入することは防げますが、1人の人が何店でも買ってしまったら意味がありません。(実際にマスクの品切れが発生したそうです。)

そこでマスク購入に全民健康保険カードとプラスでクレジットカードや利用者登録式の「悠遊カード」を使ったキャッシュレス決済によって1人の人が複数の店舗でマスクを変えないようにしました。
ただこの方法ではキャッシュレス決済に不慣れなご高齢の方には不便で、利用が伸びなかったそうです。
そこで次に一度キャッシュレス決済の方法は停止し、全民健康保険カードを持って薬局でのマスク購入の再開、その後コンビニなどでスマホ等を使ったキャッシュレス決済でのマスクの販売など、順番に問題を解決していったそうです。

重要だったのはこの「問題を処理する順番」だったとされています。
高齢者の方などの対面ベース、紙ベースでしか購入できない人に対応をして、その後「もっと早く手べんりな方法を使いたい」という声に対応していきました。
また問題が発生した際には素早く対応することで、パニックが起こらなかったと分析しています。

マスク不足の混乱に効果があったマスクマップ

上で書いた「コンビニやドラックストアでのマスク購入は1人3枚まで」という対策が始まってすぐのころは、複数店舗でマスクを買う人がいてマスク不足が発生しました。
そんな時にパニックになりかけた原因としては、どのお店にどれだけマスクの在庫があるかわからないという不安がありました。

それに対して一人の市民がマスクの在庫を地図アプリに公開したことが「Slack(スラック)」を通じて情報共有されたのがマスクマップができるきっかけとなったそうです。
政府のSlackには8000人以上のビジターハッカー(政府が公開したデータを活用してサービスを活用する市井のプログラマー)が参加しており、オードリー・タンさんがマスクマップの作成を提案し、ビジターハッカーたちの手によってマスクマップが作られたそうです。

このようにデジタルを有効活用したことによって、パニックを避けるとができました。

デジタルやAIとの付き合い方

本書のメインテーマであるデジタルやAIとの付き合い方についてですが、「必ずしもすべての面でデジタル化を進めなければいけない」ということではないと書かれています。

特にAIに関しては、あくまでも人間を補助するツールであり、人間がAIに使われるというのは杞憂だとおっしゃられています。
AIというのは人間が今まで行ってきた中間的な作業を自動で行ってくれるものであり、目的・目標の決定や最終調整は人間で行われなければならず、また責任も人間が持つためです。

一方で、ただAIに言われたことを人間がしているだけでは人間の学習機能は奪われ、「最適化」や「イノベーション」を達成できなくなってしまいます。

人間とAIの関係性としては「ドラえもん」が良い例だそうです。
ドラえもんはのび太くんにやりたくないことをさせたり、命令することはありません。
ドラえもんの目的はのび太くんを成長させるということだからです。
一方でのび太くんもドラえもんだけを信頼しているわけではなく、また便利な道具を出してくれるからと言って無条件で信頼するということもしません。

私たちの生活におけるAIの役割はこのようなものであるべきだとオードリー・タンさんは書かれています。

大切なのは「プログラミング言語」でなく「プログラミング思考」

デジタル化が進んでいる世の中で、世界的に「プログラミング」の重要さが増してきています。
2020年から日本の小学校でもプログラミング教育が必修化され、日本においても重要視されていることがわかります。

オードリー・タンさんはデジタルに関して、大切なものは「スキル」ではなく「素養」であると書かれています。
「スキル」と「素養」の違いに関しては以下のように説明されています。

  • スキル:求められていることを時間内に、一定の条件下で素早く正確にこなせるようにすること
  • 素養 :平素の学習で身につけた教養や技術

単に言われた仕事をこなすだけなら「スキル」で十分ですが、オードリー・タンさんは子どもたちにはイノベーションのパートナーになってほしく、そのためには「素養」が必要と書かれています。

プログラミングを始めるにあたって学ぶものとして「プログラミング言語」という物があります。
ただこれだけを学んでも英語の辞書を丸暗記するのと同じことで、必ず役に立つとは限りません。

一方で「プログラミング思考」を学ぶということは、「ひとつの問題をいくつかの小さなステップに分解し、多くの人たちが共同で解決する」プロセスを学ぶということです。
この考え方はどんな分野でも活用することができ、将来プログラムを書くことが無くても役に立ちます。

実際にオードリー・タンさんはデジタル担当の政務委員ではありますが、他の業務委員会など様々な人々と共同で問題を解決されています。
この考えが新型コロナウイルスの封じ込めの成功にも大きく影響を与えているのではないでしょうか。

まとめ

オードリー・タンさん自身や、デジタルとの関わり方に関して良く知れる本でした。

またここでは紹介しきれませんでしたが、台湾の人々の政治参加の考え方や姿勢も素晴らしく、とても勉強になりました。
そして台湾の方々のエネルギッシュさと柔軟さが、どんどん台湾を成長させているんだなと感じました。
私たちもオードリー・タンさんや台湾のいいところから学んで、より柔軟に問題を解決できる格差のない社会を目指していきたいなと思いました。

最初から最後まで学ぶことの多い本でした、気になった方はぜひ読んでみてください。